朝の通勤中、目の前にクロス!
“どうでもいい”ことが増えている
「お中元のビール、キリンにする?アサヒにする?」
「(どっちでもいいんじゃね?)エビスとかプレミアムとかですかね」
「いや、毎年、アサヒのスーパードライ送ってるんだけど」
じゃあ、聞かないでください。
心の中でつぶやきます。
「いただいたお菓子、チョコ味とバニラ味どっちがいい?」
どっちでもいいです。いや、何なら要らないっす。
「玄関置く消臭剤、森の香りとフローラル系どっちがいいと思う?」
「ラベンダーの香りとか・・・」と一応答えると、
「ええ、そう?私は森の香りがいいと思うんだけど!」
もう、ワタシにとってはどうでもいい分類なんで、お任せします。いやマジで。
息子の反抗期の口癖だった、
「関係ねえし、どうでもいいし、」と同じ状態になっている更年期・・・。
最近、自分の中で、「どうでもいい」と感じてしまう事が増えています。考えるのが面倒だ、言ってもどうせ無駄だろう、疲れるし、等の日々の蓄積で、もうどうでもいい、という選択をしてしまっている様です。その無気力状態がよろしくないような気がしています。
「どうでもいい」と思う事が「どうでもよくない」。
「どうでもいい」とあきらめ感情は似ていて、周りの人に伝わります。
が、価値観の違いもあるので、自分に「どうでもいい」事でも、他の人にとっては重要な事だったりするので、悟られないようにしないといけません。
「こっちのほうがいいと思わない?」
「そうですね!賛成です!(うなづきながら)」
という風に。
子どもの頃って、赤がいいだのピンクが欲しいだの、形が崩れているケーキは嫌だだのと、今じゃどうでもいいことにコダワリがありました。
息子も小さいころは、トーマスじゃ嫌だ、パーシーがいい!とか、何か自分の中の説明できない理由がある選択意思がありました。
そう思うと、今まで選択した事の積み重ねの結果が、「今」のワタシなんだなあと実感しております。
小さな小さな選択の連続の50年の結果が、「今」。
今更ながら、これからの人生、よく考えて、大切に生きていかないとだわ、と思う次第です。
最近の夕暮れはピンク色なんですよ。
排水口が髪の毛で詰まる季節になりました。
人間も換毛季節です。
一回のシャンプーで排水溝に溜まる髪の毛の多いこと!
「今度生え変わるときは黒髪でお願いします。白ではなく黒で」
と、心の中で念じながら、頭皮マッサージ。
割込み力技極意
せかせか大賞殿堂入りの上司は、力技で話を自分寄りに持っていくのが得意です。
職場で他愛もない世間話をしていると、せかせか大賞殿堂入りの上司が突然「○○の薬といえば、うちの旦那の弟の奥さんが薬剤師をしててさあ、・・・・」と力技で割り込んできます。自分の遠い親戚のことなんて知らなかったりするのですが、
ワタシはせかせか大賞殿堂入りの上司の家系図が書けるほど、になっています。
めいやおいの仕事、旦那さんの弟の奥様の子ども?みたいな。その奥様のお兄さん?みたいな。
そこまで、そこまでして話しを奪って行く姿勢、話に割り込み、話の中心になり、自分の話で終わらせる力技に感服しております。
後だしジャンケンはダメだよ、兄さん。